パナソニック 汐留ミュージアム「開館15周年 特別展 ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ」のプレス内覧会へ参加いたしましたので、その様子をレポートします。
開館15周年 特別展 ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ
パナソニック汐留ミュージアムのルオー・コレクションは、初期から晩年までの油彩画や代表的な版画作品などを中心とした現在約230点で、開館から15年の間に19回のルオーに関する特別展を行っています。この特別展では開館15周年の特別展としてルオーの作品約90点が展示されています。
今回のプレス内覧会は太田勉館長のあいさつで始まりました。
「ルオーといえば厚塗りの絵の具、明るい色彩、黒い輪郭、画面いっぱいの人物という特徴のある絵をたくさん残しています。しかし、ルオーが残したかったメッセージは一貫して信仰に基づく誓約と使命、怒りと救済、慈悲のビジョンだと思っています。ルオーの絵のテーマの根底には人間に対する深い共感や理解があります。
今回の展覧会の見どころは、ヴァチカン美術館が初めて日本に貸し出した『秋、またはナザレット』、『聖顔』、『パックス』そして七宝作品の『聖心』や、パリのポンピドゥセンターやルオー財団からも晩年の傑作が多数来日しています。」(太田館長)
そして、監修の西南学院大学 後藤新治先生、学芸員 萩原敦子氏、そしてルオーの孫でジョルジュ・ルオー財団理事長のジャン=イヴ・ルオー氏のお話を伺えました。
今回の展覧会のタイトルについて、後藤先生からまずお話がありました。
「特別展のタイトルにもあるモデルニテは19世紀の詩人シャルル・ボードレールの『現代生活の画家』という評論で取り上げられ、モダニティや現代性を意味します。評論の中で、モデルニテというのは移ろいやすく儚いもの、それが芸術の半分で、後の半分は古典的な美であるはずだが、19世紀はほとんどが古典的なもので占められている。という言葉からモデルニテというタイトルを採用しました。
中世からの宗教芸術をモチーフとしてきたことを意味する聖なる芸術を20世紀の画家であるルオーが20世紀の問題としてどのように捉え直しているかという現代性が展覧会の大きなテーマとなっています。」
第Ⅰ章 ミセレーレ:蘇ったイコン
『ミセレーレ』は「憐みたまえ」の意で、ルオーが41歳(1912年)の時に構想をスタートさせ、56歳(1927年)の時に完成した版画集です。
「モデルニテに対応する言葉として第1章ではイコンという言葉を使っています。ミセレーレの32番はイコンそのものです。イコンはギリシア正教で大事にされている聖画像の一つです。ヴェロニカの聖顔布の系譜を引いています。また、イコンはオリジナルを何度も模写して作り出されています。みんなホンモノですが複数性があります。版画というものも同じく複数性があり、ルオーも多くの人が自分の版画を手に入れて欲しいという思いから版画というメディアを選びました。そいういう意味でも20世紀のイコンが版画といえるのではないかということで、ミセレーレを蘇ったイコンというタイトルで構成しました」(後藤先生)
「ミセレーレは大変長い時間をかけて制作から出版された版画集です。タイトルもそれぞれルオーが付けています。ミセレーレ12と13は版画集のテーマを集約していて、タイトルも『ミセレーレ12 生きるとはつらい業…』と『ミセレーレ13 でも愛することができたなら、なんと楽しいことだろう』は連句になっています。苦しみや悲しみの中にも希望があるということを愛という言葉で語っています。」(荻原氏)
第Ⅱ章 聖顔と聖なる人物:物言わぬサバルタン
装飾枠にキリストの顔のみを正面から描くルオーの「聖顔」は最晩年まで描かれたモチーフで、9点もの聖顔が展示されるのはたいへん珍しいとのことです。
「タイトルのサバルタンは、20世紀末のポストコロニアルの時代に使われた言葉で抑圧されているが反抗する術や言葉を持たない従属的階層を指します。ルオーのキリストの顔は栄光のキリストを描いていません。物言う術のない人たちの苦悩をサバルタンの代弁者としてのキリストとして表現しているのではないかと思います」(後藤先生)
「1933年のポンピドゥセンター所蔵の聖顔はルオーのマチエールが変化してきた時期のものです。後期には溶岩のように厚みを増してくるのですが、ルオーはイーゼルとキャンバスを用いずに、机に紙を置いて描いていました。乾かして、スクレイパーで削る作業を繰り返して厚みを出すこの手法は、ミセレーレでの版画で手法を発見しました。」(後藤先生)
「ヴェロニカは今回のメインビジュアルにもなっている作品です。昔からルオーの代表作として図版にも何度も掲載されている作品ですが、最初に目に付くのはエメラルドグリーンの美しい色彩ではないでしょうか。それから造形性が見事で、卵型の顔とヴェールのライン、背景の建築物のアーチがあり、重複するアーチ構造により広がりとともに、顔に集中するようになっています。大きなつぶらな目は目が半分薄く膜がかかっているようになっていて、潤いを帯びた不思議な瞳をしています」(萩原氏)
また、今回ジョルジュ・ルオー財団から貸し出されているサラについて、ジャン=イヴ・ルオー氏より解説がありました。
「サラはルオーの最晩年の作品で、何年にも渡って描いているため、彫刻なように厚みを持っているのが特徴です。この厚みのせいで繊細であまり旅ができず、10年に一度だけ貸し出されます。ルオーは自分ではタイトルを付けておらず、ルオーの娘がサラと名付けました」(ジャン=イヴ・ルオー氏)
第Ⅲ章 パッション:受肉するマチエール
キリストの受けた苦難と人類のための罪の贖いを直截に伝える「パッション(受難)」の主題
「受肉とは三位一体の神の子である存在が目に見える形として『イエス』として存在したという意味です。肉を受けるという言葉で、不可視の神が肉体を持つようになったことを表し、受肉するマチエールとは、ルオーのマチエールが実体を持った肉体として作品が立ち上がった時期となり、パッションはそれを支えているのではないかということがテーマです。削っては描くを繰り返して厚みを増していく様を受肉と言う言葉で表しました。」(後藤先生)
「1943年のパシオンはキリストの裁判の様子を描いていて、第二次世界大戦中にドイツに占領され、疲弊したフランス人に勇気を与えました。このときからルオーの評価も上がっていきます」(後藤先生)
第Ⅳ章 聖書の風景:未完のユートピア
「第4章では風景を描いた作品が一堂に会します。タイトルのユートピアはトマス・モアの16世紀の始めに書いた本ですが、存在しない理想社会を当時の社会を批判するために描き、ギャップを強調しましたが、ヨーロッパでは、ユートピアの図像はユートピアの系譜として色々な画家によって描き続けられました。ユートピアの描き方の特徴としては、孤島や断崖絶壁や城壁など隔離された空間として描き、現実とは隔離されていることを暗に示しています。
ルオーの晩年の風景画の特徴として、描かれているものは、地平線、遠近法的な三角形の道、彼方の建物、その間の木と建物、月または太陽というパターンを反復しています。これは明らかにルオーのユートピアだと思います。ユートピアの系譜からいうと、孤絶性はありません。彼の世界は現実からは隔離されているものの、開かれている点から未完のユートピアとこの章のタイトルを名付けました。20世紀の管理社会への無言の批判とも取れます」(後藤先生)
「ルオーとヴァチカンには第二次世界大戦後に繋がりができますが、『秋、またはナザレット』はルオーが個人的に寄贈した作品です。」(萩原氏)
また、特別セクションでは、ルオーの装飾芸術として七宝細工やステンドグラス、タペストリーなどの工芸品も展示されています。キリスト像は買ってきたキリスト像にルオーが彩色したものです。この部屋のみ撮影が可能です。
※プレス内覧会ということで、特別な許可を得て撮影しています
開催概要
開館15周年 特別展 ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデルニテ
開催場所:パナソニック 汐留ミュージアム
会期:2018/9/29(土)~12/9(日)
開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)
※10/26(金)と11/16(金)は20:00まで(入館は19:30まで)
休館日:水曜日
※11/21・28、12/5は開館
入館料:一般 1000円、65歳以上 900円、大学生 700円、中・高校生 500円 小学生以下無料
Web パナソニック 汐留ミュージアム
1階のショールームでもポスターで振り返る「ジョルジュ・ルオー企画展」と題して、ポスター展も開かれています。2003年から2018年までの15年間でルオーに関連する企画展を計19回開催していて、当時のポスターや写真が展示されています。